20150405

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ほんとうに、顔は青ざめている。祖先たちが予言したことが起こったのだ。
地は徒党にみち、人びとは盾を持って耕しに出かける。
略奪者はいたる所にいる。
人びとの心は狂暴で、疫病は国中に広がり、血はいたる所にある。
河は血と化し、人びとはそれを飲まねばならない。
人びとは死体をおそれ水を求めて渇く。
老人も若者もいう「死んでしまいたい」と。
小さな子供たちはいう「産んでくれなければよかったのに」と。
樹々は切り倒され、すべての動物の心は嘆く。家畜は国土のありさまのために呻く。
人びとは草を水と一緒に飲み込む。鳥のための果物も草もなく、ブタの口から奪いとる。
飢 (が大地をおおう)

「イプエルの訓戒」から抜粋
これは3000年以上前に写本されたといわれるパピルス文書「イプエルの訓戒」からのほんの一部の抜粋だが、内容は4000年以上前エジプト古王朝崩壊後の混乱の時代を記録したものと考えられており、転換期の危機的状況の最も古い記録として知られている。この混乱は社会秩序の中で、人びとがそれまで信じていたものが失われ、それに変わる新たな価値観が模索された。

たまたま読んでいた本の中に出てきてとても興味深かったのでブログにのせました。
こういった何かの変化が起きる時のニュアンスをどう捉えるかが、その後の変化の道のりを決めるような気がする。
振り返ったり、後悔したり、沈む間はまだ余裕がある証拠であり
本当の転換の時は実際そんなひと時がないような気がする。
その後どう進むかは自分次第なような気がする。
そんな事を考えていたら、今日の日付の鞍馬寺のカレンダーにこう書いてあった。
「人の運命は自分で造るものだ」